存在理由
全てのモノに存在理由がある、というのは本当だと思う。
善し悪し、程度の違い、差異は色々とあるだろうが
存在理由があるだろう。
それらにどう対峙していくかが肝要だと思う。
さて、6ヶ月と12ヶ月コースの2コースの通信教育をようやく終えた。
試験というかレポートは3冊と6冊の計9冊。
一冊真面目に取り組んで4時間かかる。
数年前のこの手の通信教育の受講が強制された時には
丸一年間無視して受講料と教材をドブに捨てた。
(費用にして18,000円程度)
翌年は同じ講座を受講し終了した。
今回は成り行きで2つのコースを同時に受講する羽目になった。
費用は二つで48,000円程度。
効率を高めるために同じコースを受講した人からデータを貰おうとし、
実際に一部データをもらったが受講時期が異なって
いたため使えなかった。
1月に1/3と1/6の2冊を完了。
2月は停滞し3月には2/3と2/6〜4/6の4冊を完了した。
先週末に3/3の大半を終え、昨夜から今朝にかけ5/6と6/6の2冊を終え
なんとか目標として3月末までに完了した。
出来ればもう少しじっくりと課題に取り組みたかったが、
集中して取り組まないと前には進まない。
知らなかった事を知る、という行為はやはり楽しいものではある。
そしてシステムを理解することは大事だと思う。
春になると今のシステムを構築した張本人とおぼしき人物が
組織に帰ってくる。
自分が目指して成し得なかった革命をその人物は成し得てしまったことになる。色々な革命の起こし方があると素直にその人物の実力を認めている。
これは好き嫌いとはまた別の話である。