『CYCLO』

シクロ(1995) CYCLO

を久々にじっくり最初から最後まで観た。

一番最初にイタリア災難端のとある街の
ホテルの一室で兄貴分と観たのが始まりである。
多分1997年頃の話である。

北アフリカの赤い砂が飛んで来そうなイタリアの災難端の街にある
小汚くて狭いホテルの一室で小さい昔のブラウン管テレビで観たのである。

当時の境遇も今と一緒でただただ悲惨な境遇であった。

http://d.hatena.ne.jp/ei_gyong_chung/20090616

近年DVDを探したが少し時期がずれていてプレミアがついていて
尚且つ入手不能であった。
仕方がないのでネットオークションでVHS(字幕スーパー版)を
なんとか入手してディジタル化していた。
たまたま今回の荷造りの際に見つかったので鞄に詰めて持ってきた。

設定した年代がもっと昔かもしれないが撮影した当時そのものと
すれば1995年のサイゴンの街がそのまま描かれえている。

越南を読むとViet Namとなる。

最近は西欧ぽくVINA と会社名の頭につけるのが流行りの様である。

元々ヴェトナムに行きたかった理由は

開高健の『輝ける闇』や『夏の闇』
それに
本多勝一の『戦場の村』
等々の作品から自分なりの勝手なイメージを膨らませていたことが
その根源にある。

勿論沢山のヴェトナム戦争映画の影響も有る。

現実のヴェトナムはこれまた素晴らしい社会主義国である
(理想的な社会主義国である)

土地転がし等で大金持ちになった連中や
政府関係の一族の繁栄ぶりと対極にある
一般の人たち…。

原始共産主義民族主義者の立場から考えると
ブルータスよお前もか?と思ってしまう。

ただただどんな条件であってもチャンスは自分で手に入れて
そしてそれを活かせ!という熱気が渦巻いている。
ギラギラした欲望がみなぎっている。
何をどうしても経済的には成長するしかないので
当面は予定調和的な成長が持続するのである。

ただその先のことも容易に想像が出来るのである。

自分で勝手に作り上げたイメージと現実の乖離を
楽しむのもまた人生である。
趣味はけっして良いとは言えないが、初めての国
初めての街、初めての路地裏…最初の頃はなんでも
楽しいのである。

但し旅の氷点を迎えてからもうかれこれ
20年位経ったままなので、心底楽しいか?
と自問自答すると否と即答出来る。