Kurashiki early morning

(この)人生、全ては縁の問題であると思う。
縁は人と人の縁だけでなく地縁もある。
勿論モノの縁もある。
考え方の縁もある。
生き様の縁もある。

金沢、長崎、倉敷という響きににも惹かれた。
長崎は亀山社中とか色々とあったが、当時一番好きな女(敢えて”おんな”という)にそっくりな人に出会ったことが一番大きな理由であった。
そんなこんな意思決定があって金沢の近郊で4年生活することが出来た。
セカンドチョイスだったので長崎での生活は叶っていない。

歌劇で有名であったところにも惹かれて、そこで数年生活することも
出来た。(CB750FCはその街の郵便配達人が使っていたバイクであった)
白石美代子(ミーヨ)が住んでいた街も憧れの地であった。
全ては字面から来るイメージが原因ではある。

マツダの真紅のファミリア(323だっか?)に乗っていたマサ君は
総社の出身で、市役所か県庁の役人になった筈である。
まぁ友達の類ではあった。

McNishi氏の友人が住む岡山の街に行き、CBX750Fを移送して帰ったこともあった。

岡山(倉敷)とは結構縁があった方だと思う。

岡山と倉敷の位置関係すらすっかり忘れていたが、この度また縁が
ある様な気がする。

残念ながら岡山にあったシルクロードは72時間で消えていたが
商談再開した阿弗利加ツインはその実倉敷にあるのである。